2025.07.18
2025年7月17日モーニングセミナー
第694回 経営者モーニングセミナー
講師:(一社)倫理研究所 法人局 法人レクチャラー 岩手県倫理法人会 会長
(有)マルヒ製材 代表取締役社長 日當和孝(ヒナタカズユキ)氏
テーマ:不孝からの気づき
ブログをご覧の皆さま、こんにちは!
本日のモーニングセミナーは、岩手県倫理法人会 会長でもあります日當和孝法人レクチャラーよりご講話いただきました。
また本日は新入会員のアイシャテラス㈱ 代表取締役 渡邉大輔社長様から会員スピーチがありました。
参加できなかった会員様、入会を検討している未会員様に講話内容を通し倫理の魅力を少しでも感じていただけたらと思い、講話内容と私の所感を添えた形でお伝えします。

渡邉大輔氏 会員スピーチ

今年5月に入会しました。社名のアイシャテラスとは、工業製品で「愛」が付くのは車だけ。愛家とか愛ペンとか言わないが、車だけは「愛車」という。いろんな光に包まれ今まで15年間車デーラーで営業として全力で突っ走ってきた。お客様のご縁で今こうしていられる感謝の気持ちを込めてこの社名にした。3つのことを大事にしている。
①手間ひまは無料②凧あげ=風はなくとも自分が走れば凧は上がる③1度の失敗は全ての失敗ではない。
この会に入会したことで万人幸福の栞を中心に学びを深めていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

日當レクチャラー 講話

プロフィール、昭和32年岩手県久慈市に生れる。昭和54年関東の大学卒業後に東京木場の問屋へ入社、昭和60年父が創業した日當製作所に入社、昭和64年1月(有)マルヒ製材へ法人化、専務取締役就任、令和6年社長の父、急逝により代表取締役就任。
倫理歴、東日本大震災翌年の平成24年7月久慈市倫理法人会入会 新年度より幹事、単会会長拝命(4年)、県役職経験 令和2年度~4年度県事務長拝命 令和5年盛岡市倫理法人会会長拝命 令和6年度岩手県倫理法人会 第11代会長拝命(2期目拝命中)
社名がマルヒの由来から。父が創業した日當製材所は個人事業だった。昭和64年1月に法人成の際、すでにその名が他で使われていたため使うことができなかった。製材業界では屋号での呼び名は主流だった(〇や□で囲った屋号)。当時は㋪(マルヒ)での屋号で呼ばれていたため(有)マルヒ製材所での法人登録に至った。そして昭和64年は7日しかない年。当社は平成と共に歩んできた。
平成24年に又川俊三県相談役の紹介で倫理法人会を知ることになった。当時、陸前高田の一本松でつくったバイオリンを1000人の演奏リレーしようという企画が始まったころ出会い、3週連続でモーニングセミナーに参加。とても良い会と感じその場で久慈市倫理法人会に入会した。当時は6・7人でのモーニングセミナー。準倫理法人会だった(会員50人未満単会)。だがなんと、今年12年かけて正倫理法人会へ昇格することができた。ようやく行動旗を掲げることができる。大変嬉しい。

昨年父が亡くなり、一昨年前6月に母が亡くなった。
母は病気知らずで元気なひとだった。そんな母が次第に元気がなくなり横たわる日々が増え始めた頃、母から話があると言われた。内容は「相続」の話しだった。男(自身)男男女の4人兄弟。妹は社会人になってからある宗教団体へ加入、それからは音信不通になっていた。先祖・両親が築き上げた財産を妹に譲るのは忍びないと感じていた。しかし、贈与手続きを親の言う通りにすすめていたが急いでいなかった。ほったらかしにしていた。
母の世話の多くを妻がしていたが自力での生活が困難になっても母は病院の先生と喧嘩をする日々。入院することができず困っていた。その時、栞13条の「親が病気をするのは子が不孝だからである」=親の意向に背を背けている不孝な行為と気づいた。
手間暇や費用がかかる現状を何とかせねばの一心で顧問税理士へ相談、慌てて着手を急いだ。そしたらなんと入院が決まった。即行できなかったが実践したら入院が決まった。
入院後少しは歩けるようになり家のリフォームを考えていたころ急変し4か月後に亡くなった。
まさか父より母が先に逝くとは!
贈与手続きが済んでいないので母の遺産手続きに移行。遺産協議に妹がいないことから諦めていた時、音信不通の妹から電話があった。電話が来る心の準備もできないまま電話口で「電話をくれてありがとう」と発した第一声。その一言で良い雰囲気のまま話ができた。不思議と明るく冷静に話すことができた。その後、妹の全面的な協力により相続手続きがスムーズに進んだ。
母は死をもって妹と結びつけてくれたのだと感じた。母のくやしさと無念を思えば叱責の言葉を発してもおかしくなかったが明るく対応できたことで良い結果が生まれた。倫理を学んでいたからこそと感じた。「人は鏡」母の病気・死を経験し学んだ。
父は不慮の事故で無くなった。生涯現役(社長)を貫いた。棺の中の顔は穏やかでとっても誇らしい気持ちだった。棺に入れる際、父の足を洗うことができた。
亡くなってからでも親孝行はできる。今できることは日當家・会社を守り育てていくこと。倫理での学びが私を支えてくれる。倫理での出逢いとご縁をいただいていることに感謝したい。そして学び続けたい。
終
会員スピーチを聴いて
当会のイベント参加をきっかけに普及に出向いたところ渡邉社長、長澤専務の起業した熱い気持ちを聞くことができました。「自分のすべてをお客様から育ててもらった、仕事を通してお返しし続けていきたい」との芯の通った想いを軸に会社のあり方に重きをおくスピーチを聞けました。また大事にしている3つのこと。特に凧あげには感心してしまいました。年齢を重ねるとなかなか自分で走り出す人は少ない世の中。若さを武器に倫理観をもって行動することでどれだけの成長が図れるのか大変楽しみな会員さんです。同じ年代の会員が多くいますので是非その熱意と行動力で頑張る姿を見せていただきたいと思います。私も同じ車業界人としてひときわ期待してます。

講話を聴いて
昨日は夜のイベント「経営者の集い」からお世話になりました。昨日は自身の倫理経営体験報告を話してもらいました。
体験報告要約:あるとき右足に痛みが出始め日に日に増していく。そして痛みのため歩行困難に。でも講話や予定があるため妻に助手席で付き添ってもらいながらの長距離運転や、車いすでの講話など何とかこなす。医者に行っても「自然に治る」と言われた。ふと倫理的に考えた。栞第7条の疾病信号「それは心に不自然なひがみ、ゆがみができたことである」と知り、生活の不自然さに気づく。妻を専属の家政婦としか見ていなかったこと。仕事では若手年長者を信じていなかったことなど多くのゆがみ・ひずみがあった。
天の与えた赤信号。喜んで受けて間違いを直すことにした。心の暗影を切り取ろう。
すると徐々に痛みが消え復調することができた。疾病信号「せっかくなった病気を、ただそれだけとして直しては惜しい、もったいない」と倫理から学んだ。
そして本日の家族のお話しへと続きました。どちらも家族(両親、兄弟、妻)の話しが中心でしたが、我々が生きてくうえで切り離せないことを惜しげもなく正直にお話ししてもらったことに倫理を学ぶものとして価値を感じました。私も跡継ぎの立場でしたから父とは何度も衝突しましたが、倫理を学ぶうちに今は感謝の気持ちの方が強いと感じております。親孝行は亡くなってからでもできると教えてくれました。しかし現在私の父は、散歩、山登り、庭仕事、町内会行事等積極的に体を動かし、社会活動に精を出し、我々息子たちに心配をかけないように務めてくれている気持ちをすごく感じます。母も同じで元気でいてくれます。今日1日を精一杯生きて先祖・両親が築いてくれた会社、家族を守り育てていく姿を見せ続けるのが両親が生きている今できる親孝行なのかなと思います。私には2分早く生まれた兄が社長としていつもそばにいます。姉も会社を支えてくれてます。この境遇に感謝できなければ相当の親不孝者だと痛感します。親が病気しないよう普段の行い、言動を意識し生活をしていこうと改めて感じることができました。

とても内容の深い、濃い2日間ありがとうございました。
それでは皆さん、本日も彩りのある1日にしてまいりましょう!
本日のモーニングセミナー参加人数:34名
次回のご案内
7月24日(木) 6:30~ 山形国際ホテル6階
講師:山形県倫理法人会 MS委員長 ㈱環境管理センター代表取締役 小林秀樹氏
テーマ:倫理法人会が楽しくなるには
本ブログの講話内容記載で誤り等がある場合は、HPお問い合わせ又は事務局
ycrinri@gmail.comまでお申し出ください。

